栄寿司ブログ
  


将棋とスポーツ観戦が好きな寿司屋のオヤジのつぶやき。
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素朴な疑問 (2005/07/04(月) 00:48:33)
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一週間のご無沙汰でした。

珍しく仕事が忙しかったことと、羽生が名人復位に失敗したショックで立ち直れなかったこと、それにコマロワの宣伝をしたかったことなどが重なってしばらく休養していました。

そろそろブログを再開しないと、せっかく私のブログを毎回見に来てくれる人たちに申し訳ないので、今日から復活します。

といっても、だいたい更新は3日に一度ペースを目標にしていますので、よろしくお願いします。

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さて、今日の話題は、私の素朴な疑問について。

以前から疑問に思っていたのだが、短手数の詰め将棋(3手詰や5手詰)って、そろそろ飽和状態にならないかということ。

解いた後に感動を覚えるような絶妙手を取り入れた詰め将棋って、今後新作はできにくくなるのではないかと思うのだが、皆様はいかがお考えだろうか。

限られた盤面で、限られた駒の数、限られた手数という制約の中では、自ずと出来上がる詰め将棋の数も限られるはずだ。

100年以上もの長い間様々な人が創作している詰め将棋だから、新作と思って作った作品(決して盗作する意思はない)も、実は昔別の人がすでに作っていたというようなことが実際に起こり得ると思う。

特に3手詰に関しては、もう新しく作るのは不可能なのではないかと思う。

ところで、詰め将棋って著作権てあるのだろうか。
有名な長手数の作品は別として、実戦的な短手数の作品は、類似形がいくつもあるので、盗作の判別は非常に難しいのではないか。

同様の疑問が音楽にもあてはまる。

何百年も間、全世界で日々作曲される歌は、レコーディングされているものだけでも何億曲もあるはずで、それ以外にアマチュアが作曲しているものを含めれば天文学的な数字になるはずだ。

これらの曲が全く違うメロディーラインを構成する方が不可能に近く、類似曲が増えてしまい盗作問題が起こるのも、ある意味当然の成り行きだと言えなくもない。

音符の組み合わせは限りなく無限に近いけれど、心地よい音の組み合わせには限りがあるような気がする。

あと100年も経たないうちに音楽にも限界が来るのではないだろうか。

そんなことを考え出すと、いろいろなことに行き詰まりを感じて来る。

推理小説などは、すでに限界に達しているのかもしれない。

殺人のトリックは、今や新鮮味のあるものはなく、どこか類似したものばかりだ。
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