松井稼頭央(その2)
(2005/05/23(月) 02:18:28)
超人的な身体能力を持つ松井だが、矯正しなければならないウィークポイントもかなりある。
【ウィークポイント1】・・・図太い神経が足りない。
海外で暮らすことは、それ自体がすでに非日常生活である。
言葉、食べ物、気候、生活様式すべてが今までと違うわけだから、繊細な神経ではとても自分の力を出し切ることは難しい。
まして、成績が悪くてバッシングされれば、なおさら厳しい状況に追い込まれる。
そこで、私が松井に言いたいことは、あんまり周囲に気を使い過ぎるなということ。
もっともっと我を出していい。
試合終了後のマスコミのインタビューもやりたくなければ断っていい。選手は試合中に結果を出すことが最大の使命なのだから、結果が出ないときは、無理に我慢して愛嬌を振りまく必要はない。野茂といういいお手本がいるのだから、松井も野茂のようになればよいのだ。
この点同じ松井でも松井秀喜は、どんなに不調が続いてバッシングが出ようともマスコミのインタビューに悪びれず丁寧に答えているが、これは松井秀喜という人間の器がめちゃくちゃでかいからできる芸当で、並の人間が真似してもよい結果は生まれるはずがない。
また、ショートをどうしてもやりたければ、監督に食ってかかって直訴しても良いと思う。サッカーなら珍しくもなんともないことだ。例えば、中田英寿がトップ下をやりたいのに、監督からサイドバックとかボランチを命じられるとしたとき、中田なら納得するまで監督と話し合い、納得できなければスタメンから外されてもそのポジションにこだわるだろう。チームが機能するために最善の方法だったとしても、自分自身が納得できなければ最高のパフォーマンスなんて発揮できやしない。もしそれで監督や球団から不要と言われるならメッツにこだわる必要はない。他の球団に行けばよい。
野球を見る目がある人間なら、松井を絶対必要とするはずだ、中村紀洋とは桁が違うということが一目でわかるはずだから。
エラーをしても必要以上に責任を感じるなと言いたい。
松井の守備は堅実さが売りではない。元大洋の山下大輔とかヤクルトの宮本慎也とはタイプが違うのだ。
捕れないと思われる打球に飛びつきアウトにできる数少ない野手なのだから、その魅力を前面に押し出せばいい。
観客を黙らせるプレーを見せつけてやればいいのだ。
つづく
【ウィークポイント1】・・・図太い神経が足りない。
海外で暮らすことは、それ自体がすでに非日常生活である。
言葉、食べ物、気候、生活様式すべてが今までと違うわけだから、繊細な神経ではとても自分の力を出し切ることは難しい。
まして、成績が悪くてバッシングされれば、なおさら厳しい状況に追い込まれる。
そこで、私が松井に言いたいことは、あんまり周囲に気を使い過ぎるなということ。
もっともっと我を出していい。
試合終了後のマスコミのインタビューもやりたくなければ断っていい。選手は試合中に結果を出すことが最大の使命なのだから、結果が出ないときは、無理に我慢して愛嬌を振りまく必要はない。野茂といういいお手本がいるのだから、松井も野茂のようになればよいのだ。
この点同じ松井でも松井秀喜は、どんなに不調が続いてバッシングが出ようともマスコミのインタビューに悪びれず丁寧に答えているが、これは松井秀喜という人間の器がめちゃくちゃでかいからできる芸当で、並の人間が真似してもよい結果は生まれるはずがない。
また、ショートをどうしてもやりたければ、監督に食ってかかって直訴しても良いと思う。サッカーなら珍しくもなんともないことだ。例えば、中田英寿がトップ下をやりたいのに、監督からサイドバックとかボランチを命じられるとしたとき、中田なら納得するまで監督と話し合い、納得できなければスタメンから外されてもそのポジションにこだわるだろう。チームが機能するために最善の方法だったとしても、自分自身が納得できなければ最高のパフォーマンスなんて発揮できやしない。もしそれで監督や球団から不要と言われるならメッツにこだわる必要はない。他の球団に行けばよい。
野球を見る目がある人間なら、松井を絶対必要とするはずだ、中村紀洋とは桁が違うということが一目でわかるはずだから。
エラーをしても必要以上に責任を感じるなと言いたい。
松井の守備は堅実さが売りではない。元大洋の山下大輔とかヤクルトの宮本慎也とはタイプが違うのだ。
捕れないと思われる打球に飛びつきアウトにできる数少ない野手なのだから、その魅力を前面に押し出せばいい。
観客を黙らせるプレーを見せつけてやればいいのだ。
つづく
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